Founder’s Message — Full Text

食べる歓びを、
医療の外側に置かない。

病気になると、人は治療を受けるだけでなく、食事の自由まで失うことがあります。

塩分、糖質、脂質、たんぱく質の制限。嚥下機能や口腔機能の低下。 アレルギー、服薬、治療内容による制約。

命と健康を守るために、医学的な制限が必要なことはあります。しかし、その制限のなかで、

「何を食べられるか」だけでなく、
「どうすれば、おいしく食べられるか」

という問いは、これまで医療の中心課題として十分に扱われてきませんでした。

安全性や栄養管理が優先される一方で、おいしさは後順位になりやすい。 病気を抱え、食事に制限がある人ほど、食べる歓びから遠ざかってしまう。

私は、この現実を医療の宿命として受け入れたくありません。

歯科医師として、多くの人の口腔と向き合うなかで、噛む力や飲み込む機能を取り戻しても、 その先にある食事が心を満たすものでなければ、人は本当の意味で「食べること」を 取り戻したとはいえないと感じてきました。

しかし、これは歯科だけの課題ではありません。

食べるという行為は、口腔、嚥下、栄養、代謝、疾病、薬、生活環境、 そしてその人の記憶や文化までが交差する、医療と人生の接点です。

食事は単なる栄養補給ではない。

自分らしさであり、家族との時間であり、社会とのつながりであり、 人生を生きる歓びそのものです。

制限を創造に変えた一皿 — Nabeno-Ism

Clinical Gastronomy Projectが目指すのは、制限食を単に「我慢して食べるもの」から、 「制限があるなかでも、心からおいしいと思えるもの」へ変えることです。

医師、歯科医師、管理栄養士、言語聴覚士、看護師、薬剤師をはじめとする医療者の臨床知と、 第一線で活躍する料理人の感性、経験、技術を、一人ひとりの身体状態に合わせて統合する。

医療が料理を監修するのではありません。

料理人に医療の論理を押しつけるのでもありません。

臨床上必要な条件を共有したうえで、医療者と料理人が、安全性と栄養、 そしておいしさを共同で設計する。

それが、私たちの考えるクリニカル・ガストロノミーです。

一流の料理人は、豊富な食材があるときだけ力を発揮するのではありません。

限られた食材や条件のなかで、香り、温度、食感、うま味、余韻を組み合わせ、 想像を超える一皿を生み出す。制限を単なる不自由として捉えるのではなく、 創造性の起点に変える力を持っています。

私は、その力を自分自身の体験を通して知りました。

冷蔵庫に残っていた限られた食材から、料理人がつくってくれた一皿が、 驚くほどおいしかった。そのとき、確信したのです。

料理人の創造性と医療の精度が本気で組み合わされば、病院食も治療食も、嚥下食も、 病気を抱える人の外食体験も、根本から変えることができる。

余韻まで設計された一皿 — Nabeno-Ism

Clinical Gastronomy Projectは、単に「健康的でおいしい料理」をつくる活動ではありません。

病院、介護施設、在宅医療、レストラン、食品産業など、あらゆる食の現場において、 身体状態に適応したおいしさを提供できる仕組みをつくる社会プロジェクトです。

その成果を一度限りのイベントで終わらせるのではなく、実践し、検証し、データを蓄積し、 再現可能なモデルへと発展させていく。

そして、次のような社会的価値につなげていきます。

  • 患者の食べる意欲と尊厳を守ること。
  • 栄養状態や治療継続、生活の質に寄与すること。
  • 病院や医療施設の患者体験を向上させること。
  • 料理人が活躍できる新しい領域をつくること。
  • 医療と食品産業の間に、新しい市場と基準を生み出すこと。

私たちが目指しているのは、一部の人のための特別な料理ではありません。

病気になっても、障害があっても、年齢を重ねても、 その人の身体状態に合わせて、おいしい食事を選べる社会です。

その実現には、一人の医師や一人の料理人の力だけでは足りません。

料理人、医療者、研究者、企業、医療機関、行政、政治、地域社会が、 同じ目的のもとに集まる必要があります。

私の役割は、料理をつくることでも、医療だけで答えを出すことでもありません。

これまで別々の場所で活動してきた人たちをつなぎ、個々の優れた取り組みを 一つの大きな運動に変え、継続可能な社会の仕組みとして実装することです。

Maison de Santéは、このClinical Gastronomyの思想を社会に実装するための旗印です。

医療者と料理人が出会い、身体状態に合わせたおいしさを研究し、実践し、 その成果を社会へひらいていく。単なる一軒のレストランではなく、病院、介護、在宅、 外食産業へとつながる、新しい食のモデルを生み出す場所にしていきます。

日本には、世界に誇る医療の知見があります。

世界屈指の料理文化があります。

そして、限られた条件のなかで品質を極める、料理人や職人たちの力があります。

この三つを結集すれば、日本から世界へ、新しい食と医療のモデルを提示できると考えています。

ただおいしいだけでもない。ただ身体によいだけでもない。

医学的に適切でありながら、心からおいしい。

その両方を諦めないことが、これからの医療と食のあるべき姿です。

「食べてはいけない」から、
「どうすれば、おいしく食べられるか」へ。

食べる歓びを、医療の外側に置かない。

病を得たその日から、最期のひと匙まで、おいしい人生を。

Clinical Gastronomy Project

富田 大介

提唱者・発案者
株式会社メディデント 代表取締役CEO